ハノンの5番で堕ちてしまうとか、私どうかしてる。

HANON

日曜の昼下がり、忍び込んだ練習室で指の練習の代名詞の
ハノンの5番。
真下のピアノからちらっと聞こえたあの超絶単調なメロディが
どうしてあんなにも壊れてしまいそうなほどに美しく弾けるんだろう。
指を鍛えるためのリズム練習が、ありきたりすぎる音の羅列が
まるで花を咲かせるように、静かに、鮮やかに、降ってきた。
体中を甘いメロディに包まれて、すっかり奪われたココロ。
痺れる指先の神経が、紅く染まって多分その紅が全身を巡った。

聞き惚れてたらハノンが止まった。
慌てて自分も鍵盤に触れる。
先刻と違う音を確実に紡ぐ指から、微かに感じる予感に戸惑った。
かき消すように、自分の音を耳に刻む。



あんな風に弾きたくて、きっとこれからは真面目に練習するだろうなと
確証のない決意を若干胸に秘めて階段を降りれば、そこに音を紡いだ張本人の姿。
すらりと長身で、ちょっと儚い感じの北山先輩だ。
偶然過ぎる。何も一緒の時間に終わらなくても。

男の人にピアノが上手な人が多いのは知っていたけれど
北山先輩は今までの中で特別な音楽を奏でる人。
出逢った。出逢えた。四月、桜が咲き誇るキャンパスで。
音を聴いて胸を撃ちぬかれた。
桜が散るように、憧れで終わるはずだったのに。


「こ、こんにちはっ」
ありったけのほんの小さな勇気を振り絞って、その背中に声を掛ける。
「あ、 ちゃん。こんにちは」
低めの声が、自分の名前を紡いだだけなのに。
鼓膜が熱を帯びる。振動がカラダを駆け巡る。
そんなに素敵に微笑まなくたって、充分過ぎるほどに伝わっている。

こんなにも、好きが、止まらない。


震えそうになる声を抑えて、平静を装う。
「先輩の音、素敵です。私もあんなふうに弾けるように頑張ります!」

好きが、聞えてしまわないように。
元気なふりで、頬の紅潮がバレないように。

「先刻ね、 ちゃんの音聴こえてたんだ。綺麗だったからつい聞き入ってしまったよ」

少し首を傾げて私の顔を覗き込む悪戯な愛しい人。

「今度、是非 ちゃんと一緒に弾きたいな。何か曲を探しておくけどどう?」


僕とじゃご不満かな?

囁く唇に目を奪われて、吹き抜けた風に引き戻される。

「は、はい!是非、お願いします!」

目尻を下げて微笑む顔に見とれてたら手を差し出された。

おそるおそる右手を前に出す。

「よろしくね、 ちゃん」


大きな手に包まれたその暖かさに、確かに現実を感じた。





一緒にハノンを奏でたら

きっと夏が 私たちを迎えに来る

上昇する気温と 体温

手を繋いだら

跳躍が 空まで連れて行くから

音階昇って 太陽に目を細めて

二人のハーモニーが 始まる


あとがき。

こんな出会い、あったらいいですね〜(熱望)

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