言えないよ



誰がなんて言ったって


言えない



臆病者って言われてもいいもん



いいもん



今の仲が壊れちゃうくらいなら



今のままでも……

















「……すんごい嫌だ…。どんな夢見てんの、あたし…」

私の心とリンクしているかのように、天気も荒れ模様。
ザーザーと大きな音を立てて窓を叩く雨の音で起きたけれど、何故か
雨粒が私の顔にも雫を落としていた。しょっぱい雨。
瞼からぽろぽろと降ったであろう雫を少し乱暴に袖で拭うと、少しだけ
気が晴れたような気がした。

「…夢見て泣いてんのか、あたし…。……なんか、もう…ほんと、いや…」

せっかくのお休みなのに雨が降ってるせいだ。だから余計気が滅入る。
些細なことで、こんなにも泣きたくなる。

それなのに



「……今頃…何してんのかなぁ…」




思い出せば辛くなるだけの、「友達」というあの人のことを思い浮かべる。
それ以上でもそれ以下でもないだろう自分がこんなことを思っていると
知ったとき、あの人はなんて思うだろう…。


それが怖い。


私の気持ちを知って、気兼ねして、離れていくことだって考えられるから。
そんなことと引き換えに自分の気持ちを伝えることが出来なくて。
臆病だってわかってる。けど、臆病でもいいの。




「………雨に…濡れてないと………いいなぁ…」




失うことのほうが、よっぽど苦しいから。














『アヤノ〜。今、暇?』

「うん、暇といえば暇」

『なんだよ、それぇ〜?会える?遊び行かない?』

「遊びに、って。外、すごい雨だよ?」

『あのねぇ、俺だって雨降ってることくらいわかるよ!
 遊びに行くのは屋外だけが全てじゃないでしょー?車でちゃんと
 迎えに行ってあげるよぉ?行ける?』

「あ、うん、じゃあ、平気。行ける行ける。待ってればいい?」

『うん、待ってればいい。家の前まで来たら連絡入れるから』



じゃあね、と言ってヤスは電話を切った。私の気持ちも知らないまま。
朝、散々泣いてしまったせいか、若干瞼の腫れが気になる。
今から冷やして間に合うだろうか?と不安になったけれど、なんとなくそれも
だるくて止めてしまった。どうせ泣いたことがバレたって笑ってからかわれて
それで終わりなんだから。だいたい、化粧してごまかせば済むことだし。
問題は、心に化粧が出来ないことだった。



「…今朝あんな変な夢見たのに会うのかあ…。…厳しいかなぁ……」



かといって「今日は会えない」と断れるだけの気持ちもなくて。
結局悪いのは自分なんだけど。後ろにも前にも行かない自分のせい。
心に厚塗りの化粧が出来るわけでもなく、ナチュラルメイクで自分の気持ちを
上手く表現出来るわけでもなく、中途半端な化粧しか出来ない。
こんな雨に打たれれば、さらっと流れてしまうだろう根性のないメイク。
化粧品を目の前にして、私の気分は鬱になる。



「……やっぱり…今日は止めよう。こんなんじゃ、会えない」



テーブルに手を伸ばして携帯を握り締めた途端に着信があった。液晶画面に表示
されたのは、他ならぬ「安岡」の文字。私は大きなため息を吐いた。>



「……早すぎるよ…、ありえない…」



4度目のコールが鳴ったところで、気乗りしないまま電話に出た。
明るい声が少し篭もった調子で聞こえるのは、車の窓を叩く雨が強すぎる
せいかもしれない。



『着いたよ〜。出てこれる?』

「…早すぎる。どっから電話してたの?」

『出先。あ、やっぱり早すぎた?』

「早いよ!まだ化粧だってしてないのに!」



はっ!違う!行かないって伝えなきゃいけなかったんだ!
……と、気付いたときにはもう遅かった。



『化粧〜?いいよ、化粧なんて。すっぴんで出ておいでよ』

「はい〜?やだ!見れたもんじゃないもん!絶対やだ!」

『かわんないって』

「ひどっ!!ちょっと、それは、ひどすぎる!」

『あ、ごめんごめん、そういう意味じゃないんだけど』

「そういう意味じゃなかったらどういう意味があるの!」

『車に来てくれたら教えてあげるよ?』

「……ずるい。さいてーだ、ずるすぎる。詐欺師」

『詐欺師って!!騙してないじゃん!!教えてあげるからおいでって
 言ってんのにさーぁ』

「……わかりました!行きます!行くから待ってなさい!」



断るどころか、何故か「行ってやろうじゃないの!」という気分になっていた。
これだから、ヤスと離れられないんだ、きっと。

そして、こんな状況に安心している私もいる。















「…遅いよー」

「文句言わない!早く来ちゃった自分が悪いんでしょ!」

「そんなプリプリ怒らなくて…も…って、何持ってんの?」

「化粧道具一式」

「…どうすんの、それ…」

「車ん中で化粧すんの。悪い?」

「悪くないけどさぁ…」

「けど、なによ?」

「…女の人ってそんなに化粧したいもんなの?」

「わー、よく言うよー!男が化粧した可愛い女の子のほ…うが…」

「……なに?」

「…なんでもない。いいの!とりあえず、たしなみなの!!」

「……ふぅーん…」



可愛い女の子のほうが好きでしょ


危なかった…危うく言っちゃうところだった…。
友達同士で可愛い子が好きもなにもないだろう、って突っ込まれるのが
見え見えだもの。本当に危なかった…。
ヤスは不思議そうな顔をしていたけど、とりあえず車を発進させた。
私はいつものように後部座席に座った。だって助手席は「彼女」の
特等席だもの。友達は座ったりなんかしないんだもの。
私は広い後部座席に化粧道具をぱらぱらと広げて、少しだけ揺れる車の中で
メイクを始めた。元々、電車の中でメイクしたりするような女じゃないから
車の中でのメイクも言わば危険行為だった。漫画じゃないけど、口紅が思い切り
ずれて頬の辺りまで伸びたらどうしよう、とか。
そんなスリリングな化粧をしていたら、ヤスが運転席でプッと吹き出した。



「アヤノ〜。顔、怖いよ〜?」

「え?!なに、どっか変なの付いてる!?」

「そうじゃなくってさぁ。眉間に皺寄ってるから」

「え?」

「車の中でメイクなんてしたことないんだろう?無理しなくていいんじゃん?」

「…………」

「言ったでしょ?変わらないよって」

「…それって…女の子に対して失礼な言葉だと思う…」

「アヤノが悪いんだよ」



びっくりした。
何もかも知ってて、いきなり核心を突いてきたのかと思って一瞬息が詰まった。



「…どういう意味…」

「女の子はメイクするべき!っていうのに固執してんだって。そりゃあ、メイクして
 可愛くなるよ、女の子は。でも、メイクしなくたって可愛い子だってたくさん
 いるよってこと。メイクしてもしなくても可愛いのに変わりはないって意味だよ」

「………なに、急に、そんな。き、気持ち悪いなあ」



心臓の鼓動が大きくなりだした。フェイスブラシを握る手が汗ばんできた。
いつもは大きく感じた車内が急に狭く感じ出して、呼吸が苦しくなってくる。

止めて、そんなこと言わないで。

どうせ友達から抜け出せられないなら

そういうふうに扱ってよ



                優しくしないで





「気持ち悪いって言わないでよ?ちゃんと本音で答えてるんだから」

「………」

「もっとも、素顔が見たいなんて思う子は特別な子だけだけどね」

「…ほ、ほら、やっぱりそうなんでしょ?だからメイクするって言って…」

「…あーもー、わかんないかなぁ…」

「…………な、に…?」

「……近すぎるとどうにもならないことってあると思わない?探し物もさ、
 案外近いところにあると気付かないだろ?灯台下暗し、って」

「…う、ん…」

「……今朝起きてからひどい雨で。それでも、出かけなくちゃいけなかったんだけど。
 なんか、ふと思ったんだよね」

「…なにを?」

「…………」



フロントガラスを流れる雨や張り付く雫のせいで、形の定まらない赤信号のランプが
前方に瞬くと、ヤスは後ろを振り返った。けれど、何も言わない。
ただ、私を見つめている。





雨の音が   消えた気がした





「へへっ、ひみつっ♪」

「なっ…」

「さぁってと、どこ行こっかな〜」



ヤスは身体に染み付いた信号のリズムを感じて身体を反転させると、ちょうど
青信号に変わった交差点に滑り出した。いつものように上手なハンドルさばきに
少し見惚れていたら、聞こえてきた鼻歌。

その歌って……たしか…




「…ねえ、さっきの答えって…」

「ヒントはあげないよ〜?ずばっとアヤノが答えを言ってくれたら正解かどうか
 教えてあげる〜」

「…………詐欺師」

「だから、詐欺師じゃないってば!!!」



















臆病者の私は

すぐにはその答えを言えないけれど


でも 化粧をしなくていいって


言ってくれたから


いつか 心の化粧もきっちり落としたときに


すっぴんの心で

伝えてみたい、って思いました



それまでは  





「ねえねえ、私、水族館行きたいな〜」


「よーし、じゃあ、水族館行こう〜。あ、アヤノ、ナビしてもらいたいから
 ちょっと席移動してこっち来て?」





それまでは


助手席に座ることで


意思表示

















「はーい」









まに子さんっ!ありがとうございました〜♪
以前に「相愛音感」様にリクエストさせていただいた
「友達から恋人へ」のテーマでお話を書いていただきました!
もう超嬉しくって!!皆様にも是非読んでいただきたいです!
さぁ「相愛音感」様へれっつご〜★

まに子さん、本当にありがとうございました!!

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